ねぼすけのひとりゴト

日常で思ったことを気ままに書いてる”ボヤきブログ”です。

両親の愛

最早、生きる事すら諦めた方が良いのでは?と思うほど、ボクの症状は日に日に悪化していった。
それでも、治療を場所を探し求める事を諦められなかったのは、ボクが愛情を沢山受けて育ったからかもしれない。
ボクは両親に、ボクはもう一度笑ってほしかった。

父は夜勤もある運転の仕事に就いていたのに、ボクに異変があると夜勤明けだろうと車を飛ばして病院へ運んでくれた。
一度だけ、ボクが酷い過換気症候群になったときに救急車を呼んだことがあるらしい。ところが来た救急隊員は30分経っても救急車を走らせなかったため、父が隊員に怒鳴って、近くの病院に運んでもらったらしい。以来、父は救急車を信用しなくなり、何かあれば自分が運ぶと言って、大事にしていた乗用車からワンボックスタイプの車に買い替えた。
救急車で運ばれた病院先でも、「過換気症候群は病気じゃないので、自宅で処置してくださいね」と夜間の看護師に言われ、切れて殴りかかって大騒動になったと、母に後から聞いた。
父は真っすぐ過ぎて問題を起こしやすい人で、こと家族が絡むと理性が吹っ飛びやすい。夫としては問題だらけのクズよりの男だったかもしれないが、絶対に守ってくれる安心感という面では家長としてはとても頼もしく、決して答えはくれないけれど言葉や姿勢で導いてくれたその背中は、ボクにとっては人生の道標。他界してしまった今でも、いつか追い越したいと追いかけるほど尊敬していた背中。よく笑う父から笑顔を奪い、沢山の心配をかけてしまったことがとても申し訳なく思った。

母は、ボクの足をマッサージしながら「ちゃんと産んであげられなくてごめんね」と、何度も言った。
ボクは、母親になるってすごい事だと思う。
妊娠も出産も命がけと聞いたことがある。命をかけて新たな生命を産むって凄い覚悟だと思っていて、例え産まれた子に何らかの障害があったとしても、それは母体である母親には予期も治癒してから産むもできなかったことだから、なんの責もないと思っている。
もしボクの麻痺が産まれ持った何かが原因だとしても、産んでくれたことへの感謝の気持ちしかない。なのに、母を泣かせてしまったのがとても悔しかった。

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